花よりは、がぜん団子である。
みたらしか餡かずんだかで迷うことはあっても、
花か団子で迷うことはまずない。
けれど、こんな私でも強烈に意識している花がある。桜だ。毎年桜前線の動きは気になるし、近所の桜に満開が近づけば、雨が降るたび「桜はどうか」と気にかかる。今だってほら、この調子で。"まち"をイメージしながらも、頭の中に"桜舞う川沿いの茶屋で団子を食べている、着物姿の私"がしゃしゃり出てきて困る有様だ。江戸時代か。
私の趣味趣向はさておき、桜が優秀な演出家であることは、多くの人が認めざるをえないはずだ。出会いでも別れでも、なんなら大口で団子を食らう私のアップすらも、そこに桜の花びらがハラハラと散ってくるだけで、ぐっとドラマティックな光景に変わるんだから(変わるはず、変わるさ!)。
ともあれ、お花見シーズンの浮かれっぷりを見てもわかるように、おおかたの日本人は桜が大好きだ。四季のあるこの国に生まれ、春の訪れを待つことを知っている私たちにとって、桜は春そのものなのかもしれないけれど……満開を迎えてすぐに儚く散ってしまうその宿命を、"わび・さび"文化として愛しているような気もする。
さて、春になると桜色に染め抜かれるまちがある。
今や『北九州市屈指の邸宅地』として名をはせる八幡東区・高見だ。
北側に丘陵地、南側には新日本三大夜景のひとつである皿倉山を源とする板櫃川が流れるこのエリアは、かつて八幡製鐵所関係の幹部社宅が建ち並ぶ一画だった。日本の高度経済成長を支えた八幡製鐵の官舎、しかも幹部の! というだけあって、1920年代にはロンドンテイストの洋館が建ち並び、モダンな街並みを形成していたという。
その後、社宅利用者の減少に伴い、『住宅市街地総合整備事業』を実施。
『桜と水辺とふれあいの街』をテーマとしたまちづくりが進められ、
桜の名所『高見三条さくら公園』『高見神社』をはじめ、
穏やかな川のせせらぎに沿ってつづく桜のトンネルや、
住宅地の桜並木など、いたるところで桜が咲き誇る
美しきまちへと、まさに"開花"したエリアである。
さらに特筆すべきは、京都にならってつけられたという高見『一条~七条』の地名だ。
字面だけでも情緒を感じる『三条さくら公園』に『五条橋』はもちろん、旧電停『七条』なんて、子どものころ何度か通過しただけなのに、忘れられないぐらい優雅な響きを放っているもの。
緑に抱かれた高見倶楽部の
美しい造形。
前身は、公餘(こうよ)倶楽部といい、迎賓や社交の場として豪邸を官営八幡製鐵所に移築されたのが始まり。現在の建物は3代目となり、奈良ホテルをモデルに建築され、深紅の絨毯、繊細な意匠を施した窓など“歴史ある迎賓館”の風雅を漂わせています。
高見地区からは、弥生時代~古墳時代前期の自然流路や、高杯、壺、甕などの土器も発見されており、水辺の祭祀跡ではないかと考えられる場所もあるという。小倉には小倉の、戸畑には戸畑の特色や気質があるように、まちにはそれぞれ"気配"があり、それはきっと、そのまちに生きた先人たちから脈々と受け継がれてきた"想い"でもあるのだろうと思う。「春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな/紀友則」という和歌を、ふと思い出した。
このように、高見はまちごと芸術作品のようなものなのだが、私が特に気に入っているのが、八幡製鐵の迎賓館として建てられた『高見倶楽部』だ。戸畑の西日本工業倶楽部と同じく、古くから角界のVIPを迎えてきたこの館は、なんともいえぬ風雅を湛えており、門前に立つ普通の赤いポストすらちょっと尊く見えてしまう……これを"高見マジック"と呼ばずしてなんといおうか。
いや、だって、このエリアにはそれぐらいの力がありますよ。まず高見倶楽部を中心に広がる、超級の邸宅の数々。大きな家や素敵なお宅を指して『豪邸』と評することは多いが、ここには本気の豪邸が並んでいるんだもの(しかも上品!)。桜にうっとりすることはあっても、家並みにうっとりするなんてことはなかなかないのだが。高見は桜がなくとも、つまり四季を通じて十分に美しい。
"春霞がたなびく山の桜花をいつまでも眺めていたいと思うように、
あなたのことをいつまでも眺めていたい"……
このまちには花鳥風月を愛でる豊かさがある。
碁盤の目のように整然とした
電線・電柱のない開放的な街並み。
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